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御洲濱司「植村義次」、360年続いた暖簾を下ろされました [和菓子の京都]

創業明暦3年(1657年)の御洲濱司「植村義次」が2016年末、
360年続いた暖簾をひっそりと下ろしました。

170303御洲濱司「植村義次」① (コピー).JPG
~ 烏丸丸太町交差点南西角よりすこし西側にある御洲濱司「植村義次」、
2017年3月3日撮影。

14代当主の植村義夫さんは「老の木登り 植村義夫」名で2016年末、

「長い間フォローいただき支えて下さった皆様 心より御礼申し上げます 身がってですが隠居モードに入ります。新しい年のご多幸をお祈り申し上げます」


とツイートし、
店頭のショーケースには廃業の告知が置かれています。

170303御洲濱司「植村義次」② (コピー).JPG

「(略)長らく皆々様にご愛顧いただきながらまことに心くるしいのですが、看板をおろすことにいたしました。私こと 心疾患で、医学の素晴らしいお陰を再度頂いていながら 人様のお口に入る晴れがましく有難く責任の深い仕事は重たく 寄る歳には勝てず、身勝手とお叱りを覚悟で決させていただいた次第です。(略)」






さて、
御洲濱司「植村義次」は、
「雅びの京菓子」(京都新聞社編)を参照すると、
「京都でただ一軒、洲濱専門に作り続けている」お店でした。

では、
「洲濱」とはどんな京菓子なのでしょうか。

「植村義次」の名物「洲濱」に同封されていた説明書などを参照すると、
「洲濱」は浅く煎った大豆を粉にして水飴で練り上げた素朴なお菓子で、
もともとは断面が「洲濱」模様の棹物だったそうです。

120307植村義次④、洲浜 (コピー).JPG
~ 御洲濱司「植村義次」の名物「洲濱」。

御洲濱司「植村義次」には名物「洲濱」の他に、
初代当主より作り続けてきたという銘菓「春日乃豆」、
14代当主が考案した「押物」がありました。

120307植村義次⑤、押物 (コピー).JPG
~ 「押物」(早蕨)。

「洲濱」については、
江戸時代の図説百科事典「和漢三才図会」(寺島良安・編、1712年成立)の
「餐(まめあめ)」の項に次の説明が載っています。

飴に豆をまぜたものを餐という、とある。その造法は、大豆〔炒ったもの〕を粉にし、湿飴(しるあめ)でこねて縄のような形にする。あるいは竹に挟んで縛り固めて、粼(すはま)の形のように切ったものを須波末(すはま)という。


和漢三才図会〈18〉 (東洋文庫)

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  • 作者: 寺島 良安
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1991/05
  • メディア: 単行本



☆ 創業明暦3年(1657年)御洲濱司「植村義次」
 (京都市中京区丸太町通烏丸西入ル常真横町193)





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コメント 2

マッタナ

おはようございます。360年の歴史が閉じるというのは淋しいことですが、ご当主さまのご健康と次のステージでのご活躍を、お祈りするものでございます。
「お疲れさまでした」と「ありがとうございました」という気持ちです。
by マッタナ (2017-03-15 06:51) 

wattana

マッタナさん、こんばんは。
14代当主の植村義夫さんが考案した「押物」、
真似のできない技と美だと思います。
by wattana (2017-03-16 20:07) 

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